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2012-10-28

いかに死ぬか。

最近、死期がわかっていたら何をすべきか、といったことに興味があります。
余命がわかる病気にかかったほうがいいのか、事故や災害で突然死んだほうがいいのか、
これはもう好みというか、究極の選択かもしれません。
以前は飛行機事故でアッサリ死にたいと思っていましたが、呆然とし、辛い思いをしながらも、
準備をして死ぬのも贅沢だなぁ、なんて。

で、続けて読んだのがこの2冊。

最後の授業 DVD付き版 ぼくの命があるうちに最後の授業 DVD付き版 ぼくの命があるうちに
(2008/06/19)
ランディ パウシュ、ジェフリー ザスロー 他

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普及版 モリー先生との火曜日普及版 モリー先生との火曜日
(2004/11/21)
ミッチ・アルボム

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「最後の授業」からは「死」よりも、教育、特に子どもがしたいことを見守ることの重要性を感じました。
また、親が子どもに伝えたいことは何なのか?ということ。
つまり「自分が何を大切に生きているのか?」を突きつけられました。
これは死が迫っていようがいまいが関係なく、日々の価値観ですね。

「モリー先生との火曜日」も同様。
ただ、こちらには引用したい言葉が多かったので記します。

「誰か心を打ち明けられる人、見つかったか?」
「君のコミュニティーに何か貢献しているかい?」
「自分に満足しているかい?」
「精一杯人間らしくしているか?」



「多くの人が無意味は人生を抱えて歩き回っている。自分では大事なことのように思ってあれこれ忙しげに立ち働いているけれども、実は半分ねているようなものだ。まちがったものを追いかけているからそうなる。人生に意味を与える道は、人を愛すること、自分の周囲の社会のために尽くすこと、自分に目的と意味を与えてくれるものを創りだすこと」

この、目的を意味を与えてくるものを「創りだすこと」というところにハッとしました。探すのではなく創るんですね。
以前、身体の中心軸はどこにあるのか?という質問をしたら「創るんだよ」と言われたことを思い出しました。


「人生でいちばん大事なことは、愛をどうやって外に出すか、どうやって中に受け入れるか、その方法を学ぶことだよ」

中に受け入れるのが意外と難しい。


モリーを訪ねるのはタイムスリップをするような感じ。そこにいると自分のことが好きになるのだった。

これいいよね。一緒にいると自分のことが好きになれる人。いますか?

(前略)これだけなのか?自分がやりたいことはこれだけか?何か抜けているんじゃないか?と時には考えないと」(中略)「君も、その方向に進めてくれる誰かが必要だろう。ひとりでにはそうならない。」ぼくにも先生の言いたいことがよくわかった。人間誰しも人生の教師が必要なんだ。


あなた方は、ほんとうの先生を持ったことがあるだろうか?あなた方のことを、荒削りだが貴重なもの、英知をもって磨けばみごとに輝く宝石になると見てくれた人を。さいわいそういう先生のものへたどりつけた人は、きっとそこへもどる道を見つけられる。


これが身近な大人だったら最高ですね。姪や甥にとってそういう存在でありたい。

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プロフィール

えみえみ

Author:えみえみ
パーソナルコーチ 、研修コーチ
国際コーチ連盟ACC
米国NLP(TM)協会認定NLP(TM)マスタープラクティショナー
モンテッソーリ教育、アドラー心理学、ブレインジム、フォーカシング

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